芸術見聞録

展覧会の予習、感想など。

没後150年 坂本龍馬展 その2

坂本龍馬像

念願だった、「血染めの屏風」を見ることができた。司馬遼太郎の「龍馬が行く」で龍馬暗殺の場面になると、いつも涙で読めなくなる。ほとんど号泣である。

今まで本やテレビ番組でしか見たことのなかった実物を見てゆくと、本当にあったことなんだなぁ・・・と実感が湧いてくる。龍馬自身も自分の個人的な持ち物や手紙が展覧会で公開され、大勢の人に見られるとは思いも寄らなかったであろう。

その中で、「案外小さい」と思ったものがいくつかあった。まず、龍馬が持っていたのと同型のピストル。「寺田屋騒動」で使ったものと同じかは知らないが、今から見ればおもちゃにしか見えない。あとは当時の写真の原板。野球カードくらいだ。

この展覧会の目玉の一つである、龍馬の刀、「吉行」も存外短い。龍馬は長身の割には短い刀を好んだと言われるがその通りだ。概して日本刀というのは思ったより細く、短いもので、実用性を感じさせる。当然のことだが、端から端まで鋭利で、こんなものを振り回されてはかなわない。恐ろしいしろものだが、この刃物を精緻を極めた技で使いこなす侍がいたからこそ、欧米に植民地にされずに済んだのである。

展示場には「パークス襲撃事件」で実際に使用された刀剣も展示されていたが、事件の凄まじさを示すように刃が欠けている。刀剣同士が激突すれば刃も欠けるというもの。

日本の社会に残る、時には無用な程の緊張感はこの真剣を扱うことから来ているのかも知れない。日本人の8割は百姓、町人の子孫だが、侍の規律が社会全体に影響を与えないとも言えまい。

今回展示されている「吉行」は坂本家で保存されてきたそうだが、私の亡くなった父親が、もう70年程前になろうか、北海道に住んでいた時分、近所に坂本という人たちが住んでおり、寄合で「自分たちは坂本龍馬の親戚だ」と常々言っていたという。

その当時、龍馬の名前は今ほど有名ではなく、当時子供だった父は、「坂本龍馬って誰だ?」と思ったという。その時何か質問していれば、龍馬のエピソードとか、遺品なども見せてもらえたかも知れないのにと残念でならない。

ちなみに坂本家が釧路大火に遭ったのは大正2年だから、もうすでに吉行の鞘や柄は消失し、刀身も波紋が消え、曲がりも無くなっていたのであるが。

 

仇敵 (講談社文庫)

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