芸術見聞録

展覧会の予習、感想など。

没後150年 坂本龍馬展 その1

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没後150年 坂本龍馬 - 江戸東京博物館

西洋絵画の展覧会と違って、日本のそれは会期が短いが、展示物の入れ替えが激しいとは知らなかった。行って見たら、龍馬がおりょうと新婚旅行に行った際の手紙がない。京都国立博物館としてもあまり長く貸し出すのは困るのだろう。その代り今年発見され話題になった龍馬の手紙が展示されていた。運が悪いのか良いのか分からない。

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司馬遼太郎の「龍馬が行く 回天編」に龍馬が大政奉還の後、越前福井に出かける話が出てくる。そこで松平春嶽に謁見するのだが、その脇に家老、中江雪江がいた。その中江にあてた書簡である。

福井で獄中にいた三岡八郎由利公正)に煙草屋の二階で面会する話が出てくるが、京都に帰った後、中江に春嶽上京の礼を述べている。龍馬と言うと常識破りというイメージがあるが、細かい気配りのできる男だったということが分かる。

「三岡の上京が一日遅れれば、新国家の財政が一日遅れます」という文面は司馬遼太郎も知らず、草葉の陰で悔しがっておいでだろう。

鳥羽伏見の砲煙がおさまるや、三岡は大坂にのりこみ、鴻池善右衛門以下一五人の富豪をあつめ、かれらを新政府の会計方御用係に任命し、さらには大坂のおもだった町人六百五十人をあつめ、御用金調達を命じた。(中略)

人心はこのために安定し、(中略)無から発足した新政府に基金もでき、その基金が東征の軍資金にもなった。

 「龍馬が行く 回天編 近江路」より引用。

 三岡がいなければ明治政府はほどなく潰れていたかも知れない。龍馬は財政の重要性を誰よりも分かっていたのである。