芸術見聞録

展覧会の予習、感想など。

バベルの塔展 感想

ついにBSTBSの「ぶらぶら美術館」で「バベルの塔展」が放送されてしまった。山田五郎が面白おかしく解説すると著しく興味を掻き立てられるので、そのせいなのかどうか、混雑してきたようである。

私はどんなに混んでいようと、「小バベル」をじっくり観る方法を発見した。まず人だかりがしている後ろに行き、前の人が去るのを待つ。前に出たら目を近づけられるだけ近づけ、穴の開くほど観る。周りの人が「もうどけよ」と思い始める直前に去る。🐵

そこで一旦、上映されている解説を見るなりして、また人だかりの後ろに行き、同じことを繰り返すのだ。(そんなこと誰でもやってるよと言われると身も蓋もないが)しかしいくら目を凝らしても細かいところまでは良く見えない。単眼鏡があればそれに越したことはない。

Vixen 単眼鏡 マルチモノキュラーシリーズ マルチモノキュラー4×12 1105-06

とにかく、他を威圧する、とてつもない絵である。

 

しかし山田五郎氏が番組で言っていた通り、ブリューゲルの「バベル」より、ヒエロムニス・ボスの本物の絵が2点ある方が凄いと思う。なにせ真筆とされる絵が25点ほどしかない。マドリードにある代表作「悦楽の園」などまず日本に来ない。(来たとしたら、伊藤若冲展を上回る入場者数だろう)

実際に見てみると、「なんであんなヘンテコな絵を描いたんだろう?」と思うほど、細かいところまでしっかり描かれている。伝統的、かつ正統な技術を持った画家だ。こういう人がモンスターを描いたから中世のような時代でも受け入れられたのだなと思った。

そのモンスターはボスのリバイバルブームでブリューゲルに引き継がれた。たぶん、「キモカワイイ」みたいな感じだったのだろうが、ボスの真意ではなかった気がする。

ボスは地獄の恐ろしさを表現するために怪物を描いたのだと思う。それが面白がられては人々に対する戒めにも何にもならない。芸術を理解する人がいかに少ないか、芸術家の真意がいかに伝わりにくいか、である。

貴重なフランドル絵画も展示されており、観る価値は十分あるが、版画が多く、ブリューゲルの絵が一枚しかないのはいささか物足りなかった。それでいささか宣伝過剰になっているのだろう。人にぶつかって何も言わずに行ってしまうようなマナーの悪い人もいた。おそらく宣伝に釣られて興味本位で来た輩であろう。

「良い絵を落ち着いてじっくり観たい」というなら、「シャセリオー展」をお勧めする。

シャセリオー展の感想 その2

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ル・コルヴィジェのデザインした、世界遺産の建物での展覧会は限りなく上質である・・・コマーシャルみたいになってしまったが、本当にそうなのだ。

かつては海外に旅行した日本人があちこちで写真を撮って、ヨーロッパ人に揶揄されたものだが、今では東京に来てロダンの彫刻を撮りまくっている。あいつら、ちゃんとシャセリオー展を観たのか?

手元にこの展覧会の作品リストがあるが、よくこれだけの絵を世界中から借りてきたものだ。ルーブルオルセー美術館はもちろん、個人のコレクション、ギュスターヴ・モロー美術館、カルナヴァレ美術館、モントリオール美術館、メトロポリタン美術館などなど。この執念には脱帽であると共に、すばらしい展覧会を開いていただき、感謝をしたい。

 

芸術新潮 2017年 05 月号

芸術新潮 2017年 05 月号

 

 長年シャセリオーはアングルとドラクロワの折衷のように看做されてきたが、この展覧会に行くとそれは単なる無理解にすぎないことにすぐ気づくだろう。

シャセリオーの描く女性は他のどの画家とも違う。この展覧会の目玉である「カバリュス嬢の肖像」を観ると、「こんな高貴な女性がこの世にいるのか?」と思わずツッコんでしまうくらいの高嶺過ぎる花である。

清純なのに色気があり、理知的でありながら野性的、しとやかに見えて激情に近い情熱を内に秘めている・・・という相反するものが調和しているのがシャセリオーの描く女性なのである。

展覧会にはシャセリオーの影響を受けたギュスターヴ・モローの絵もあり、シャセリオーがロマン派から象徴派への流れを作った画家であるというのが良く分かる。人間の内面を詩的なものに高めるという象徴派の要素をシャセリオーの絵画はすでに内包している。さらにモローから世紀末絵画(おそらくクリムト)へ繋がっていったとすれば、西洋絵画史的にもシャセリオーは無くてはならない存在なのだ。

ドラクロワやシャセリオーの版画を見てきて、つくづく感嘆するのは文学やオリエンタリスムをきっかけにして、現実世界に立脚しながら、憧憬や恐怖、歓喜に憂愁といった様々の感情をきめこまやかに味わいつくした彼らが、その思想や感情を類まれなるデッサン力と色彩感覚を駆使して、時には悪夢とも思える想像豊かな夢の世界を紡ぎあげていった点にある。

ドラクロワとシャセリオーの版画」橋 秀文編著 p.75より引用。

 

シャセリオー展の感想 その1

北朝鮮からミサイルが飛んでくるかも知れないという時に、美術館めぐりとは我ながら呑気だと思うが、上野公園も平日だというのに結構な賑わいであった。

シャセリオーが日本人に馴染みがないせいか、会場は空いており、マナーの悪い人もおらず、気分良く鑑賞できた。

例によって、世界各地から集められた一人の画家の絵を一度に観ることができるという贅沢な展覧会。今のニッポン、生きていてもあまり良いことも無いが、現代に生きる特権というのもやはりあるのだ。

シャセリオー展に行った方々のインスタを見ていたら、シャセリオーの肖像画を観て涙を流されたという方がいて、その感受性の鋭さに驚いた。(その絵は一番初めに目にする絵で、その方はいきなり号泣したわけである)その方に「放蕩息子の帰還」が印象的だったと返答をいただいたのでじっくり観てみた。

良く目を凝らしてみると息子の目から涙が出ている。確かにこの親子の感情がこちらにも伝わってきて、「悪い奴だが許してやろう」という気になる。おまけに画面左下の犬まで「許してやれよ」という目をしている。シャセリオーは馬を好んで描いているが、よく見るとその表情も意味ありげだ。

ロマン派というのは人間の感情や内面の表現にこだわったのだが、私が思うに、シャセリオーは動物の感情まで表現しようとしたのだろう。彼は母子像を数多く描いており、優しい人だったのだなと思う。肖像画を観て泣いたという方は一目で画家の本質を読み取ったのだ。女性ならではの感性なのだろう。シャセリオーも悪い女に引っかからなければもっと幸福になれたかも知れない。

 

芸術新潮 2017年 05 月号

芸術新潮 2017年 05 月号

 

 シャセリオーの凄さはそのデッサンにも表れている。彼の場合デッサンは習作ではなく、すでに作品と言っても良いのではないだろうか?というのは女性の顔にその感情、内面がすでに表れているのである。こんなデッサンは見たことがない。この点、デッサンの名手と言われた、師、アングルのものとは明らかに異なる。

つづく。 

こういうブログも書いてます。(ブックレビュー)

読んで火に入る本の虫

バベルの塔展 予習 7

さて、今まで読んでいただいた人達の中には、「この人はいつ展覧会に行くのだろう?」と思っている人もいるかもしれないが、私は出かける前に下調べを行い、観たい気持ちをなるべく高める。そうすることで感動が倍になるのだ。

作品 「干し草車」ヒエロムニス・ボス

拡大画像

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/4/4c/Jheronimus_Bosch_-_De_hooiwagen_%28c.1516%2C_Prado%29.jpg?uselang=ja

なんとこれは祭壇画である。こんな絵をよく当時の教会が受け入れたものである。(カラバッジョはその斬新さ故に教会に何度も受け取りを拒否されている。)

 パネル中央の絵にあるデカいものは干し草で「虚しいもの」「無価値なもの」という意味である。その干し草は悪魔のような怪物どもに引かれている。

その周りで人々が我先にと干し草を奪い合っている。私はこれを見て、今の日本そのものだと思った。干し草はさしずめ金や地位、名誉、もしくは企業が提供する商品やサービスである。それらは人間の欲望を煽り、人々はそれを狂ったように求める。そのために人を殺す者までいる。

芸術新潮 2017年 05 月号

左下に子供を連れている男がいるが、人買いである。現代でも騙されて性産業などに売られる未成年がアメリカなどにいるという。もしくは人を商品にするビジネスが現代の人買いかもしれない。

その右にいるのは聖職者で酒を飲む者、干し草を分けるものがいる。さしずめ現代では政治家や税金を食い物にする役人などだろう。中にはインチキ歯科医がいるが、これは詐欺行為をする輩だ。

さて、右側がボスお馴染みの地獄である。気味の悪い怪物がうようよいて、人間はそこで彼らに永遠に拷問され続けるのだ。

参考文献ー芸術新潮 2014年 9月号 小池寿子氏の記事

謎解き ヒエロニムス・ボス (とんぼの本)

シャセリオー展 予習 6

シャセリオーは版画も描いている。なぜ版画を描いたのかは不明なようだが、独特の技法に挑戦したのであろう。色がないのでつまらないかと思ったが、シャセリオーならではの独特な世界が展開されている。会場にも版画の展示があるというので楽しみである。

エッチングはある程度彫り進めれば、あとは腐食液で処理すれば良いのでそれほど時間がかからない。そして、この作品で決して見落としてならないのは、たんにエッチングだけの制作ではないということである。どの版もドライポイントやビュランやルーレット、場合によってはアクアティントまで導入されている。(中略)

その上さらにエッチングの自由自在な表現の利点も十分彼は承知していた。 

 「ドラクロワとシャセリオーの版画」橋 秀文編著 p.74より引用。

作品「もし私があなたより先に死んだら・・・」

If I Do Die Before Thee, plate eight from Othello | The Art Institute of Chicago

シェイクスピアの悲劇、「オセロー」からの場面である。シャセリオーはロッシーニのオペラ「オセロー」でデズモーナを演じたオペラ歌手、マリブランの面影を偲んで描いたという。女優や歌手に憧れ、そこからインスピレーションを得るというのはいかにもロマン主義という感じである。

現代の我々からするとあまりにもロマンティックすぎる感があるが、それでも彼らの純粋な熱情というのは我々を捉えて離さないのだ。

シャセリオーは版画の作品をいくつも油絵に描き直している。

Theodore Chasseriau(クリックした後、カーソルを上に置いて見てください)

 版画は油絵の習作のつもりで描いたのかと思ったが、違う。それぞれの絵は構図は同じだが、全く別物という感じがする。それぞれの技法を生かすように描かれていると思う。この点を見ても、並々ならぬ才能だと感じた。

会場に行ったら、版画と油彩画の違いをじっくり見てこようと思う。

シャセリオーの版画

Chasseriau, Theodore | The Art Institute of Chicago

 

 

芸術新潮 2017年 05 月号

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シャセリオー展 予習 5

シャセリオーは1846年にアルジェリアに旅行した。その時の経験をもとに描かれたのが、「ガゼルと遊ぶムーア人の娘」である。

www.google.com

彼のオリエンタリスムの魅力は、(中略)文学や異国趣味といったものを自由に掛け合わせて、それらを起爆剤としてさらなる想像力の飛翔を求め、実際に 色彩豊かで豊穣なるイメージを獲得したことにある。

モチーフで読む美術史 (ちくま文庫)

p.70より引用。 シャセリオーの描く女性には独特の神秘性があるが、彼の理想の女性は彼の二人の姉妹、アデルとカトリーヌであったという。

作品「画家の二人の姉妹の肖像」1843年

拡大画像

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/9/9b/Th%C3%A9odore_Chass%C3%A9riau_-_The_Artist%27s_Sisters_-_WGA4808.jpg

後に描かれる女性像の基本はこの二人の姉妹のイメージなのだろう。

そこにはまさしくシャセリオーならではの神秘的な女性像がたち現れている。その女性たちはみな端正な顔立ちをし、女性としての尊厳をはっきりと示している。それでいて冷たい表情にはならず、仄かに純潔な官能性すら漂わせている。(中略)

彼の描く女性にはあるタイプが認められる。顔は卵型をしており、目が子鹿の目のようにぱっちりとしている。鼻筋はすっと通って、唇はふっくらとしてはれぼったい。このように特徴を列挙すると、通俗な女性像を思い浮かべるかもしれないが、決して俗悪に陥っていないのはアングルから体得した古典的崇高さをどの女性も兼ね備えているからであろう。その顔には理知と官能が不思議と混じりあっている。 

ドラクロワとシャセリオーの版画」橋 秀文編著 (岩崎美術社刊) p.72より引用。

  

芸術新潮 2017年 05 月号

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シャセリオー展 予習 4

TBS「シャセリオー展」|TBSテレビ

シャセリオーについての資料が少なく、難儀していたがようやく「ドラクロワとシャセリオーの版画」(橋 秀文編著 岩崎美術社)という本を見つけた。絶版なので図書館で探すしかない。

1839年にシャセリオーはサロンで成功する。その時出品されたのがこの「海から上がるヴィーナス」である。

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(画像はパブリックドメイン

アングルの「泉」と比較すると、シャセリオーがアングルを引き継いでいることが分かる。しかし髪を持ち上げるポーズや、太い二の腕、幅の広い腰など、すでにシャセリオー独自のスタイルが認められる。

The Spring - Google Arts & Culture

アングルが「泉」の制作を開始したのが1820年なので、(完成は56年)1830年にアングルのアトリエに入門したシャセリオーはアトリエで「泉」を見たかも知れない。

ヴェネツィア――美の都の一千年 (岩波新書)

4年後に師はローマへ行ってしまう。サロンで成功したシャセリオーは翌年イタリアに旅行し、アングルと再会するが、1840年、9月9日付の兄への手紙で師への不満を書いている。

彼(アングル)は無理に我を通して生きてきた、そして我々の時代の芸術に生じた思想や変革にひとつも理解を示そうとはしない。かれは最近の詩人たちのことを全く知らないのだ。彼にしてみれば、未来に向けて何も創造することもなく、過去のある時代の芸術を思い起こさせるものであるか、またはその複製であればことたりるのである。

p.71より引用。 

ロマン主義の激しい自己主張、創造性と革新、情熱という特徴が表れている。我々がロマン主義時代の芸術に惹かれるのはこのためであろう。

  

芸術新潮 2017年 05 月号

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【国立西洋美術館】 「シャセリオー展-19世紀フランス・ロマン主義の異才」内覧会レポート | 上野エリアの観光、博物館、美術館、店舗に関する情報満載のアプリ:ココシル上野