芸術見聞録

展覧会の予習、感想など。

絵画をより楽しく観る

「聖なる手」というジェスチャーがあるというのは、

しぐさで読む美術史 (ちくま文庫)

を読むまで知らなかった。

(p.188) エル・グレコ「改悛のマグダラのマリア」を見てみると、

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(画像はパブリックドメインです)

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The Penitent Mary Magdalene - Google Arts & Culture

中指と薬指を開いた手を胸に当てている。ヨーロッパの女性は手の大きい人が多いが、この絵では特に大きく描かれているような気がする。非常に美しい手で、手だけのモデルがいたんじゃないかと思ってしまう。現代で言う「手タレ」だ。

マグダラのマリアというのは元々は娼婦と言われ、キリストに会って回心した女性である。果たして娼婦が聖人になれるのかと思うが、我々はなぜか罪深い人が悔い改める話に感動してしまう。オードリー・ヘップバーンの映画 ティファニーで朝食を [Blu-ray]を見て、最後のシーンで泣いてしまうのはそのせいだろう。

 

カラバッジョの「ロレートの聖母」

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(画像はパブリックドメインです)

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ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジオ - Wikipedia

では、聖母がキリストを抱える手が「聖なる手」になっているという。今でも斬新な絵である。

 

しぐさで読む美術史 (ちくま文庫)

しぐさで読む美術史 (ちくま文庫)

 

 

 

絵画に描かれている人のしぐさに意味がある? (レオナルド・ダ・ヴィンチ 最後の晩餐)

絵画は特に予備知識がなくとも自分なりに楽しめるが、いろいろ知っておくとより興味が増し、もっと楽しめる。

著者の宮下喜久朗氏は神戸大学教授、美術史家で、特にベネツィア美術、

ヴェネツィア――美の都の一千年 (岩波新書)

また、カラバッジョの権威である。

カラヴァッジョ巡礼 (とんぼの本)

私は「ティツィアーノ展」(4月2日終了)で宮下氏の講演を聴いたが、その造詣の深さとユーモアを交えた講義の楽しさに感銘を受けた。

この、しぐさで読む美術史 (ちくま文庫)は主として西洋絵画に描かれている人物のポーズやジェスチャーについて、時には日本美術と比較しながら解説するものである。

六世紀の教皇グレゴリウス(1世)は「絵画は文盲の聖書」とし、絵画は聖書の物語を伝え、信者の信仰心を高める役割をもっていると規定した。 

(p.6より引用。)

それゆえ、絵画における人物のジェスチャーが追求されたという。

そういえば、絵画を鑑賞すると、様々な人物が意味ありげなポーズをとっている。

例えば、レオナルド・ダ・ヴィンチの最後の晩餐では、

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(画像はパブリックドメインです)

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レオナルド・ダ・ヴィンチ - Wikipedia

画面右側の三人が議論している。

「先生は一体何を言っているのか?」

「我々の中の誰かが先生を裏切ると言っておられるのだ。」

「まさか!」

「一体誰だろう?」

「あいつじゃないか?」

などと、声が聞こえてきそうである。(セリフは私の想像である。)

その隣の弟子は自分の胸を指し、

「まさか私ではないでしょう?」

と潔白を訴えている。

両手を大きく広げるのは悲しみを表す。

人差し指を天に突き上げている弟子は、

「裏切る奴の名前を言ってください!」と詰問している。

 (「最後の晩餐」は Home - Haltadefinizione のサイトで高解像度で観ることができる。他のルネサンス絵画も。登録無料。)

「受胎告知」をテーマに様々な絵が描かれているが、五つの場面設定に分けられ、様々な聖母のジェスチャーがあるという。

エル・グレコの「受胎告知」http://www.ohara.or.jp/201001/jp/C/C3a03.htmlでは、聖母マリアが少し手を上げているが、これは「問いかけ」を表すのだそうだ。いきなり天使が現れたらもう少し動揺しても良さそうなものだが、この絵のマリアさんは実に冷静だ。清楚で柔順な感じが良く出ている。

 

しぐさで読む美術史 (ちくま文庫)

しぐさで読む美術史 (ちくま文庫)

 

 

 

 

バベルの塔展 予習 3

 

作品「ネーデルラントの諺」

 

ここには100に近い諺が描かれているそうである。真ん中あたりで、胸の谷間を見せている若い女性が男に青いマントを着せているが、これは「夫に青いマントを着せる」という諺で、妻の不倫を表すという。こういう女は今の日本でも結構いそうだ。

その下で奇妙にも仔牛をスコップで埋めている男がいるが、これは「仔牛が溺れてから穴を塞ぐ」という諺で、「後悔先に立たず」と同じだという。日本では国がこれをしょっちゅうやっている。

参考文献 森洋子著 ブリューゲル探訪―民衆文化のエネルギー p.88より。

この本とて、さすがに全部の諺の解説はしていないので、自分で考えてみると絵の右側で緑の服を着て、こぼれた粥を掬っている男がいる。英語で「こぼしてしまったミルクを嘆いてもどうにもならない」という諺があるがそれであろう。

絵の右側、屋根の上にラッコらしき動物が手をつないで背中合わせに立っており、それを男が見つめているが意味が分からないので、「背中合わせのラッコ」と勝手に作ってみた。意味は「どうせ協力しなければならなのなら、きちんと前を見て握手をしろ。つまり、「やるならやれ」

絵の左上にはお尻に火が点いた男がブタを追いかけている。これはさしずめ、「怠け者も尻に火が付きゃブタを追う」だろう。ブタは怠け者の象徴で、怠け者も命が惜しければ走り出すという意味。なんだかわからん。

研究者は眉をひそめるかも知れないが、素人がどのように鑑賞しようと勝手である。こういう絵画の見方をするのも面白い。

 

 

芸術新潮 2017年 05 月号

芸術新潮 2017年 05 月号

 

 

 

シャセリオー展 予習 3

 この「傷」は観に行ったら必ず確認せねばならない。

想像だが、この絵を見たアリスが、

「この女(ひと)好きなんでしょ?」

「そんなことないよ。彼女はただのモデルだよ」

「それなら私にくれる?」

「だめだ。これはアングル先生が決して手放すなと言った絵なんだ!」

「私を愛してないのね!」

ボイマンス美術館所蔵 ブリューゲル「バベルの塔」展公式ガイドブック (AERAムック)

・・・そして絵を渡した後も、

「この女と私とどちらがいいの?」

「もちろん君だよ」

「うそよ!私を愛していないんだわ!」

「エエィ、うるさい!」

と言って、シャセリオーはナイフで絵を切りつけた・・・。

・・・とかなんとかラテン人らしい、めんどくさい痴話ゲンカがあったのだろう。

フランス人の恋愛中毒は病的だが、デリカシーのない日本の男と、気の利いた会話もできない日本の女もつまらないといえばつまらない。

 

やはりシャセリオーお得意の脇を見せるポーズ。美しくても自由奔放で気性の荒い女性はイヤだなぁ・・・。めんどくせぇ。

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シャセリオー展 予習 2

 太い腕がシャセリオーの特徴だという。日本の女性は太い二の腕を気にするが、私にとって、二の腕が太くて(ある程度までだが)肩幅が広い女性は魅力的である。

作品「エステルの化粧」

http://www.louvre.fr/jp/moteur-de-recherche-oeuvres?f_search_art=%E3%82%A8%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%AB%E3%81%AE%E5%8C%96%E7%B2%A7

芸術新潮 2017年 04 月号 [雑誌]

 この絵は昔、初めて画集で見て、均整の取れた理想的なプロポーションに目を奪われたものである。アングルの弟子だったシャセリオーはその影響を受けつつ、独自のエキゾチックな東方趣味に向かうが、その間の作品。

シャセリオーの絵ではたいがい女性が腕を上げて脇を見せている。アングルの弟子だから、もしかすると実際のモデルより腕が太めに描き、脇のくぼみを強調したのではないだろうか?それにより、胸乳から背中に広いスペースが出来る。シャセリオーが独自に見出した美の形なのだろう。

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バベルの塔展 予習 2

肖像画を描くには服装、装飾品、室内空間への配慮が必要だが、

ブリューゲルはいろいろな制約のある肖像画よりも、素朴で、人間味あふれた民衆の顔を選んだ。そのほうがはるかに心を打つ対象と思ったに違いない。

森洋子著 ブリューゲル探訪―民衆文化のエネルギー p.96より。

 

作品「農民の婚宴」

 当時の農民は貧しくて、婚礼ぐらいしか楽しみが無かったらしい。バグパイプって昔はこんなだったんだ。楽しそうな雰囲気が伝わってくる。

花嫁一人が幸せそうに座っているが、そんなことはおかまいなしに周りの人間たちは飲み食いに夢中である。この感じだと、タダで食えるだけ食っておくという感じである。

この絵にはなぜか花婿が見当たらない。まさか逃げた?

左を見ると、たくさんの農民が詰めかけている。食い物はまだあるのか?酒は飲めるのか?と心配なのに違いない。(私個人の勝手な解釈)

  

 

シャセリオー展 予習 1

シャセリオー展には今度行く予定なので、予習をしたいのだが、シャセリオーについて書かれた日本語の本が無いのでなかなか難しい。

この画家はあまり日本人にはなじみがないかも知れないが、フランス・ロマン派の話になると無視できない存在で、その絵はルーブルにも所蔵されている。シャセリオーの展覧会はフランスでもあまり無いというので必見である。

昨日放送されたTBSテレビの「アカデミーナイトG」という番組でこの展覧会が取り上げられた。お笑い芸人がレポートするというので、音声を消して見ようかと思っていた。

私は展覧会で周りの人に聞こえるような声でつまらないことを言う人が嫌いだ。フィレンツェウフィツィ美術館でも、パリのルーブルでも日本人が横にいて不快な思いをした。

この人は何を怒っているのかと訝しむ人がいると思うが、要するに作品や作家に全く敬意を払わない人に対して怒っているのだ。なぜそういう人はわざわざ入場料を払って観にくるのだろう?

それはともかく、この「平井ファラオ光」という人の視点は独特で面白い。

馬鹿よ貴方は 平井“ファラオ”光 オフィシャルブログ「日記」Powered by Ameba

 

この絵を見て平井氏は、「盗撮的なエロティシズム」と評した。なぜなら、この天使は見られていることを意識していないからなのだそうだ。

他に「バブーシュの6つの習作」というデッサンを見て、「気負いが無い」と言い、そういうところに真の実力が見えるのだそうだ。お笑いも、楽屋話の方が面白いところがあるという。

たしかに笑わせよう、笑わせようという人はあまり面白くなく、笑わせるつもりのない人の方がかえって可笑しいということがある。天才とはそういう存在なのだろう。

(つづく)

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このサイトには展覧会レポートがあり、かなり参考になる。周辺の情報もあり、上野の美術館へ良く行く人には重宝だ。

 

もっと知りたい ミュシャの世界 (TJMOOK)

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